MIMOCA NEWS 011


 
第11回 調査中
 
 当館に収蔵している作品は当然のことながらそのほとんどが猪熊の作品です。小さなスケッチを含めると約2万点の作品がありますが、これらが猪熊作品のすべてというわけではありません。猪熊について調査をする中で、インタビューを受けた方から「人と話をしているときにも手は小さな紙切れに何か描いていた」とか「猪熊さんのアトリエに行くとデッサンが天井まで届いていたという噂があった」とか「食事にイカが出たとき、食事が終わるとお皿に残ったイカの墨を使って絵を描いていましたよ」とか、「しょっちゅう絵を描いていた」という話をよく耳にします。猪熊の場合90年の人生のうち70年以上もの間『絵かき』として絵を描いていたわけですから、そのすべてを集めて数えられたなら相当な数になるでしょう。絵画作品はこの世に一点だけしかないもので、同じものはふたつとしてありません。作品の一点一点が猪熊芸術の真髄を探っていく上で大切な資料となりますから、その所在を調べ確認していくことも美術館の大切な仕事のひとつです。
 日本全国に猪熊の作品は存在しています。展示するのに大きな壁を必要とする大きな作品は美術館や企業などに、比較的小さな作品は個人がお持ちの場合が多いと思います。他の美術館が収蔵する場合は各館の収蔵品目録や展覧会カタログなどを通して比較的容易に調べることができますが、それが企業や個人となると人々の情報が大きな助けとなってきます。当館にはときおり「昔、猪熊先生から頂いた作品がある」と写真が送られてきたりしてその情報を寄せてくださる方がいらっしゃいます。猪熊夫妻とおつきあいがあった祖母の形見ですとか、画廊でとても気に入ったのでずっと手元に置いてあるものですとか、その絵を大切にしてくださっているお話などを伺うと、それぞれにみなさんと猪熊との縁がその絵を通してずっと続いているんだなとうれしくなります。
 作品調査は日本国内だけに留まりません。猪熊は戦前のパリ、20年間生活したニューヨーク、そして晩年に毎年冬になると過ごしていたハワイというように人生の大半を海外で過ごしています。したがって作品はこうした海外にも残されています。今ではインターネットの普及によって海外との交信もより便利になってきました。大きな美術館ではホームページ上でコレクションの検索ができるところがあり、中には画像まで見ることができるところもあったりします (世の中本当に便利になったものです)。ホームページ上で検索できない場合には手紙やメールで直接問合せして調べてもらったりします。といっても猪熊がアメリカで過ごしていたのは1955年から75年ですから、30年以上も昔のことです。施設の名前や中のシステムが変わってしまい作品の所在が分からなくなってしまったものもありましたし、「当館はアメリカ美術を専門に収集することを使命としているため、作品は売却してしまった」というところも出てきたりとなかなかスムーズにははかどりません。それでも調査は続きます。
グッゲンハイム美術館で展示中の猪熊作品《Landscape AZ》(1972年)。
グッゲンハイムには、この作品と、《Untitled》(1963-64年)の2点が収蔵
されている。(撮影:近藤竜男)
 このようにして集めた情報はデータとしてファイルにまとめ整理します。それだけではありません。展覧会の内容に合えば、交渉して作品を借用し展示に加えます。一番最近の例を挙げると昨年暮から今年初めに開催した「生誕100周年記念 猪熊弦一郎回顧展」が記憶に新しいのではないでしょうか。この展覧会では6つの美術館から70数年ぶりに公開されたものを含む25点の作品を出品することができました。世の中にはまだまだ発見されていない作品があるはず。そんな猪熊作品を調査中です。
 MIMOCA NEWS第2号では「旅」と題して猪熊作品が全国各地へ旅に出るその行程をご紹介しました。今年も猪熊作品は全国各地へと旅をしています。昨年末に開催した猪熊弦一郎回顧展はその後茨城県つくば美術館、埼玉県の川越市立美術館へと巡回し、現在は群馬県立館林美術館で11月14日まで開催されています。それから猪熊と同級生だった内田巖の没後50年を記念した内田巖展や作家からの贈り物展にも猪熊の作品が出品されています。違った空間やテーマのもとに見る作品も面白いと思いますよ。
☆ コーナー名の"Cats in the Storage"とは『収蔵庫の猫たち』という意味です。
猪熊弦一郎の愛して止まなかった猫にちなんで名づけました。



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