MIMOCA NEWS 001


第1回 額装
 
美術館では、展示室や図書室などの公共の場所以外に、日ごろ目にすることのできない場所や仕事があります。「美術館ではどんなことが行われているのだろう。」と疑問に思われた方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。その中でも特に目につきにくいのが収蔵庫です。ここでは、主に作品の整理、保管、研究、調査などが行われています。そこで、このコーナーでは、展示されている作品だけではない、猪熊美術館の隠れた部分を、収蔵庫関係の仕事を中心に毎回ご紹介していきます。 今年の春に、新たに40点の作品を額装することができました。そのうち34点は未公開のものです。2000年の最初の展覧会である"GUEN in PARIS"には、この中から、巴里時代の作品をまとめて出品する予定ですので、どうぞお楽しみにお待ちください。 さて、一口に絵を額縁に入れるといっても、なかなか難しいものです。額縁の良し悪しで、作品の雰囲気は大きく変わります。絵と額縁は合っていても、それを展示する器、つまり建築空間との相性の良さも望まれます。当館では、カンヴァスの作品については、主に3種類の額縁に入れています。額縁はすべて、一点一点オーダーメイド。今回は、制作日数だけで約40日間、その後輸送され、当館で取り付けとなりました。そこで製作に携わった方々にお話を伺いましたのでご紹介します。みなさん生前の猪熊弦一郎とお付き合いのあった方ばかりです。


大森 安孝氏 ( 東京 画材オオモリ)

「猪熊先生とは、昭和25,6年頃からの古いお付き合いで、 先生が、断ち落としたカンヴァスの端っこを集めて、火消しの纏いのような作品を創られたのには驚きました。まさか、あんな切れ端が作品になるとは思ってもみませんでした。」と画材屋さんならではの思い出を語られました。また、当館では数点しかない、全て金張りのタイプの額縁については、猪熊が個展の開催にともなって作ったもので「いつもより強い感じの額縁にしたい。」という要望から生まれたものだそうです。
小川 正八氏( 東京 クラフト小川 )

木地ものの額縁を製作。猪熊とは、ニューヨークから戻って後(昭和50年頃)のお付き合いだそうです。額縁の材木には木目の美しい"塩地"を使用。特に気を配っていることは 柾目、板目などが絵にひびかないように注意することだそうです。目がそろっているということは、額縁に狂いが生じにくいということでもあり、美的な意味からだけでなく、結果、作品の保護にも役立つということです。
佐々木 久氏 ( 埼玉 みなと工房 )

塗りものの額縁を製作。箱型で黒と金の額縁は、猪熊オリジナル。昭和40年代中頃に最初のものが作られたということで、猪熊とはその頃からのお付き合いだそうです。この額縁の黒の部分は、胡粉(ごふん)に膠(にかわ)を混ぜた下地を4、5回塗り、カシューという人工漆を塗っては乾かし、研ぎ出しをするという作業を6〜7回繰り返します。大変手間のかかる工程ですが、ようやくできた滑らかな表面であるからこそ、金箔が美しく貼れるのだそうです。


技法や工程を中心に話をお伺いしたのにも関わらず、3人の方々は、そろって猪熊の人柄の良さを語られました。「画家として大成されていても偉ぶることがなく、すべての人々に対して平等な方だった。」「どのような人とでも対話ができ、画家にありがちな我の強さが感じられなかった。」さらに、「話にも付き合いにも壁を作らず分け隔てがない方だった。」などと、実際お付き合いの長かった方々から直接、人間 猪熊弦一郎を知る機会を得ることができました。猪熊が亡くなった後も、氏を慕っておられるご様子で、今回の仕事も俄然身が入るとみなさんはおっしゃいました。一点の額縁と作品を通して、時を超えた人と人とのつながりを感じることができ、これからの作品との関わりに新たな一面が加わった感が持てました。
 
☆ コーナー名の"Cats in the Storage"とは『収蔵庫の猫たち』という意味です。
猪熊弦一郎の愛して止まなかっ た猫にちなんで名づけました。
 


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