丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(以下、MIMOCA)では、2022年7月16日(土)から11月6日(日)まで、「今井俊介 スカートと風景」を開催しています。
瀬戸内の風に揺れるカラフルな横断幕。丸亀駅に着いた途端目に飛び込んでくる、美術館前の高い場所に掲げられたこの鮮やかな色たちは、美術館を訪れる人たちだけではなく、この街の人々の日々の生活をポジティブに彩ってくれているように見えます。
インタビュー後編では、さらに深く今回の展示について、そして美術家、今井俊介の代表作であるストライプのシリーズが生まれた背景までを語って頂きました。


インタビュアー・文・ポートレート撮影/加藤孝司
展示室撮影/宮脇慎太郎

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ー展示方法についてもう少し教えてください。今回、今井さんの代表作でありライフワークであるストライプの作品が一堂に会する展示になりました。描いた時期もミックスした展示方法になっていて、会場で配られるハンドアウトに照らし合わせながら見るのも楽しい展示になっています。それはあえてそうされたのでしょうか?

今井
意図的に混ぜようという考えはあまりありませんでしたが、この空間を使い10年分の作品で「もう一枚の絵を描く」くらいの気持ちで展覧会をつくりました。ですので結果的に制作年が混ざってしまった、という感じです。

ー壁面を飾る絵画作品に加えて、コラボレーションした映像、フラッグ、エプロンなどや、美術館の空間を活かしたインスタレーション作品とバラエティ豊かな展示になっています。それらを等価に並べた意図を教えてください。

今井
エプロンやパジャマといった純粋な作品としてつくったものではないものも同列に並んでいるのは学芸員の方からの声のおかげでした。
普段ギャラリーで展示しているように自分一人でプランを考えていたとしたら思いつかなかったでしょう。アパレルのようなプロダクトも作品と一緒に展示できるんだということは自分自身新たな発見でした。
そのように今回展示に関しては学芸員の方と議論した結果実行したものも多くて、これを展示したいと言われればそうしましょう、新作をお願いしますと言われれば、はい、と応えて作品を新たに描いたりしました。結果的にいい気づきを得たと思っています。

ー実際、絵画もエプロンも等価に並んでいました。

今井
便宜上、以前から布の作品を「彫刻」と言っていますが、僕の中ではあれも絵なんです。自分の中では違いがないし、実際に布の柄から一部を抜き出して描いた絵画作品も、今回展示しているんです。となるとその元となった布も同じものじゃんということになっちゃうので、これは彫刻で、これは絵画、これは布、というジャンル分け自体が僕にとっては必要ないのかなと思っています。
展示方法では、作品をみている以上に「空間」を見たいという意識がつねに僕にはあります。特に今回は大好きな谷口吉生さんが設計した建築での展示です。普通の展覧会と比べて作品をめちゃくちゃ高い位置に設置しているのも、この空間を意識しているのと同時に、そうしないと僕の絵の面白さが伝わらないと思っているからそうしました。

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ー今井さんのライフワークともなっているストライプのシリーズについて少し教えてください。

今井
人に説明する時には「シマシマがぐにゃぐにゃしている絵ですよ」と言うんです。

ーあはは。

今井
でも本当にそれで良くって、「シマシマがぐにゃぐにゃしているんだ」と何気なく見ていると、そのシマシマが奥に凹んでいるのか手前に膨らんでいるのか分からなくなってきたり、ある色を見ていて奥だと思っていたものが、視線を数センチ動かしただけで手前にグッとでてきたり変化します。
じーっと見ているとハレーションが起きて、実際にはそこにはない色が浮かび上がってきたりすることもあります。絵を目の前にしながら、結局何を見ているのか分からなくなる経験というものが面白いと思っています。簡単には把握することが出来ないし、みていると頭が混乱してくる。
そうやって出会ったものは頭に残るだろうし、僕の絵がそういう存在になってくれたらと思っています。

ーなるほど~。

今井
海外の美術館に行くと、フロアに子どもたちが座り込んでワーっとやっているじゃないですか。ああいう風景をみるとすごくいいなあと思うんですよ。

ーもうひとつ展示として面白かったのが、毎回この場所で個展をされる方がいろいろ工夫して展示をする、細い廊下の展示コーナーです。あそこでは「作品」はあえて展示せず、プロセスのみの文字通り「ウラ展示」のようになっていて興味深かったです。あのプランはどのように考えていたのでしょうか?

今井
確かにプロセスって普段見せないですからね。あれも担当学芸員さんのアイデアです。なんにもなくてもいいかなと最後までやり過ごすつもりだったのですが(笑)、結果としてお客さんに聞かないと分からないことだけど、自分ごととして考えるとプロセスをみる経験は面白い気がしました。
例えば僕の絵がマスキングをせずに全部筆だけで塗っていることとか、意外とめんどうなことをしているんだとか、プロセスを見てから作品をみると、作品の体験にまた別の地平が開けるというか。普段から若い子たちには技術的なことや使っている道具、描き方は聞かれたら全部教えているんです。

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ーそうなんですね。画家のデイヴィッド・ホックニーも『秘密の知識』※1という本で美術家の創作の裏側をあばいていますね。
※1デイヴィッド・ホックニー著・木下哲夫訳『秘密の知識 −巨匠も用いた知られざる技術の解明』青幻舎、2006年

今井
そうですね。教えたり、教えられたら、似たようなものはできるかもしれないけど同じものには絶対になりませんから。だから絵画を下支えするものはオープンソースでいいんじゃないかと思っているんです。
次の誰かがそれを改良していったら面白いと思うし、僕も仲間の作家がやっていることが気になったら直接聞いて制作に取り入れています。

ー昔、ギターの神様であるジミ・ヘンドリックスが、もう一人のギターの神様であるジェフ・ベックがどう弾いているのかすごく気にしていたという話をどこかで読んだことがあります。

今井
そうそう、そんな感じです。それを知ることで、なるほど、だからこの線にはこんなにも緊張感がみなぎっているんだと絵を見て分かる。
そのような作品の見方って楽しいですよね。それであの廊下でプロセスの写真を並べたら面白いと思ってお願いしました。

ー今井さんがおっしゃるように同じ道具で同じ描き方をしてもまるっきり同じ作品になるわけではないですからね。

今井
そう思います。ただ、一部にはそういうものは見せるべきではないという人も絶対いるはずなんです。
だけど、僕が見せると決断したことだから、あなたには関係のないことでしょ、と思うしそういうことの一つひとつが、いずれ自分の制作にもかえってくるんだと思うんです。

ー確かに、あのプロセス展示からは何より今井さんが楽しそうに絵を描いていることが伝わってきたし、あれを子どもたちやいろんな人が見て、お絵描きしたい!と真似してくれたらそれこそが気持ちの良い自然な美術教育ですよね。

今井
そう。だから絵を描くことが楽しいことだって子どもはみんな知っているんだけど、楽しく絵を描いているはずなのに授業で評価を下されることによって楽しくなくなっていくんですよね。
プロであれば絵を描くことで批判も称賛も受け入れるけど、多くの人にとって絵を描くことは根源的なもので、本来上手いも下手もないんです。

ーはい。

今井
僕はむしろ絵が下手だからこのような描き方になっていきました。ルールを決めて誰でも塗れるベタ塗りを使って、決められたところまで塗り終われば完成、とすれば僕にも絵が描けるかもしれないと思ったのが大学生の時でした。それがなかったら僕は絵を描けなかっただろうし、描くことを選ばなかったと思います。

ー今回、建物正面に今井さんのストライプ柄がプリントされた3m×21mの巨大フラッグが瀬戸内海の風にはためいていてあの風景も印象に残りました。

今井
自分でも風になびいているのを見てみたいと思ったし、あのサイズなので丸亀のランドマークになったらいいと思いました。それと展覧会の会期が瀬戸内国際芸術祭と重なっているので、訪れる人たちにとっての旗印になればと思いました。
僕が設営のために丸亀に入った日が真っ青な空が広がる快晴のお天気で、谷口吉生さんの建築の大きなひさしの下にあのフラッグがゆっくり揺らめいているのを見たときは、おお〜と思いました。これを見て展示室に入ると全てが理解しやすいということの良い面とその反面もあると思いますが、少なくとも難しく思われがちな抽象絵画だけど、こういうものもあるということに気づいてもらえるきっかけになればいいと思っています。

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ー「スカートと風景」という美しい展覧会タイトルについても少し教えてください。

今井
普段作品にはタイトルはつけていないのですが、展覧会には「surface/volume」など、その都度作品に関連した英語タイトルをつけてきました。
今回は日本語にしたいと思っていて、最初につけたタイトルは「あなたの風景になりたい」で、アーティストの池間由布子さんの同名曲のタイトルでした。すごくいい言葉だなあと思っていました。曲の歌詞とは関係ないのですが、あなたの目に映っているものになりたいって感覚が自分の中に湧いてきてました。
お客さんがみる風景として僕の作品があったらいいなあと思っていて、そのタイトルにしようと思ったのですが、よくよく考えて「スカートと風景」になりました。

ー知人が穿いていたスカートが風に揺れているさまを美しいと感じたことから、ストライプのシリーズが生まれたことは今井さんファンならずとも美術好きには知られているエピソードです。

今井
光を浴びたスカートのドレープがゆったりと揺れているのを見た時に、こんなにも綺麗なものがこの世界にはあって、これを描けば作品になると思ったんです。
それほどまでには意識はしていなかったのですが、僕にとってスカートはすごく大事なものだったんだと今回あらためて思いました。風景はそこにあるものだけど、意識しないと目に入ってこないもので、僕にとってはあの時あのスカートを風景として見ていたからその「ディテール」がはっきりと見えてきた。僕の絵もお客さんにとってのそんな風景になって欲しいという思いがあって、「スカートと風景」というタイトルになりました。

ー偶然目にしたスカートが今井さんの絵画へとジャンプしたこともそうですし、スカートと風景が混ざりあった今回のタイトルは、ロートレアモンの「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘との偶然の出会い」のように、普段は混じり合わない複数のイメージが偶然出会った秀逸なタイトルだと思いました。

今井
最初に描き始めた時にはこんなにも長くあの瞬間が続くとは思っていませんでした。それは結構すごいことで、あの日あの人があのスカートを穿いていなかったら僕はこの絵を描いていなかったし、多分僕は美術をやめていたのではないかと思います。なんならあのスカートを買い取っておけばよかったと思えるくらい(笑)、本当にありがとうという気持ちでいっぱいです。

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